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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)933号 判決 1969年5月28日

控訴人 山口信夫 外一名

被控訴人 鳥海光代

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は次に附加するほかは、原判決事実摘示の通りであるから、これを引用する。

控訴代理人は次のように述べ、証拠として、丙第二号証の一ないし六、第三ないし第六号証、第七号証の一ないし七、第八ないし第一四号証を提出し、当審における控訴人山口の本人尋問の結果を援用した。

「催告期間の満了日は昭和四〇年六月二九日であるから、控訴会社の催告賃料の供託は催告期間内にされている。被控訴人は控訴会社を被告として本件土地明渡の訴えを東京地方裁判所に提起していたところ、同年五月一七日敗訴の判決の言渡があつたので、その後まもなく本件催告および条件付賃貸借解除の意思表示をしてきたのであるが、該書面には同年六月以降の賃料を従前の二倍半に増額する旨の意思表示も記載されていた。該増額は著しく不相当と考えられたし、また、控訴会社は昭和三八年一〇月一〇日控訴人山口に対し本件建物とともに本件賃借権を、町田亀次郎の承諾を得て、売渡していたので、催告賃料を控訴人らのうちいずれが支払うべきか迷つた上、紛争を避けるため一応名あて人である控訴会社名義で催告賃料を供託したのである。右のような事情は本件催告賃料債務の履行遅滞が賃貸人賃借人間の信頼関係を破壊するに足りない特別の事情に該当するし、また、控訴人山口は本件建物および賃借権に関して一〇〇万円以上の金員を支出しており、本件建物に居住して鮮魚商を営んでいるのであるから、本件建物を収去してその生活を破壊することは権利の濫用であり、許されない。従つて、本件賃貸借解除の意思表示は無効であり、控訴会社は昭和三六年九月二六日本件建物を競落し、昭和三七年六月二五日その旨の所有権移転登記がされ、控訴人山口は、昭和四二年一二月七日本件建物について所有権移転登記を了したから、同日以降本件賃借権の取得を被控訴人に対抗することができる。仮に右主張が理由がないとしても、本件建物の所有権はすでに控訴人山口に移転しているのであるから、控訴会社に対してその収去を求めるのは失当である」

理由

請求原因一、二の各事実は控訴会社の認めるところであり、控訴人山口との関係では、弁論の全趣旨によりこれを認めることができ、本件催告および条件付賃貸借解除の書面到達の点、賃料供託の点は当事者間に争いがない。

右賃料の供託は、該賃料を弁済のため提供したことについては主張も立証もないから、弁済の効力を有しないものと解するほかはないけれども、成立に争いのない甲第五号証、被控訴人が明らかに争わないから、成立を認めたものとみなすべき丙第九号証、当審における控訴人山口の本人尋問の結果、これにより成立が認められる丙第一号証、原審における証人鳥海孝一の証言、控訴会社代表者東日出光の本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

控訴会社は昭和三八年一〇月一〇日控訴人山口に対し控訴会社所有名義で登記されていた本件建物とともに本件賃借権を、町田亀次郎の承諾を得て、代金一四〇万円、うち五〇万円は直ちに、残額九〇万円は完済まで毎月一万円ずつ分割して支払うこと、代金が半額以上弁済されたときは、所有権移転仮登記をすることができ、代金完済と同時に所有権移転登記をすること、公租公課、敷地の地代、火災保険料は契約の日から控訴人山口の負担とすることと定めて売渡した。被控訴人は昭和三九年八月控訴会社を被告として本件家屋収去本件土地明渡の訴えを東京地方裁判所に提起し、本件賃借権の存在を争つていたが、昭和四〇年五月一七日敗訴の判決の言渡を受けたので、本件催告および条件付賃貸借解除の書面を出すに至つた。控訴会社代表者は右書面に賃料を昭和四〇年六月一日から従前の二倍半に増額する旨記載されていたし、また、本件賃借権はすでに控訴人山口に譲渡されていたが、まだ本件建物の所有権移転登記がされておらず、控訴人らのうちいずれが賃料を支払うべきか疑問があつたので、催告賃料を被控訴人に提供しないで、供託した。控訴人山口は昭和四二年一二月七日本件建物について所有権移転登記を了した。

以上認定した通り控訴会社は被控訴人と本件賃借権の存否について一〇か月にわたつて訴訟で争い、勝訴判決を得てまもなく、いきなり賃料支払の催告、条件付賃貸借解除、賃料増額の通知を受け、しかも本件賃借権は控訴人山口に譲渡されており、控訴会社が催告賃料を支払うべきか否かについて疑問があつたため、これを、提供しないで、供託したのであつて、なお、右供託は、弁済の効力を生じなかつたとはいえ、催告期間満了日にされているのであるから、控訴会社の催告賃料債務の履行遅滞には賃貸人賃借人間の信頼関係を破壊するに足りない特別の事情があるものというべく、本件賃貸借解除の意思表示は無効と解するのが相当である。また、

控訴人山口は本件建物とともに本件賃借権を買受け、本件建物について所有権移転登記を了したのであるから、本件賃借権の取得を被控訴人に対抗しうるものというべきである。建物所有のため土地を賃借した者がその土地の上にある建物について登記をすれば、該賃借権は対抗力を有するようになり、賃貸人の承諾を得て該賃借権の譲渡を受けた者は対抗力ある賃借権を取得することになるから、その後に借地の所有権の移転があつても、借地の新所有者に賃借権の取得を対抗するには、建物の所有権移転登記をすれば足り、さらに新所有者の承諾をうる必要はないものと解される。

このように解すると、登記ある土地の賃借権の移転の場合に、新所有者の承諾がなければ、移転登記ができない結果(不動産登記法第一三二条第二項)、新所有者に対して賃借権の取得を対抗するためには新所有者の承諾を必要とするのと権衡を失するようにも考えられるけれども、建物保護法が建物所有のための借地権保護のために制定された趣旨から考えれば、地上建物の登記のある土地の賃借権の移転に登記のある土地の賃借権の場合より強い効力を認めることはあながち不当とはいえないし、また、このように解すると、新所有者が予期しない賃借人から賃借権を対抗されることになり新所有者に酷になるようにも思われるけれども、これは、譲渡許容の特約のある賃借権の場合のように賃借権でも避けられない場合のあることから考えれば、必ずしも右見解を否定する理由とはならない。

よつて、被控訴人の請求は失当であるから、これを認容した原判決を取消し、被控訴人の請求をいずれも棄却することとし、民事訴訟法第三八六条、第八九条を適用し、主文のように判決する。

(裁判官 近藤完爾 田嶋重徳 吉江清景)

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